四国ツーリング

9月の4連休で四国にツーリングに行ってきました

コロナの影響でしばらく海外ツーリングに行けない為、今年5月にバイクを購入して

国内でツーリングに行くことにしました。

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中古で購入したHONDA CRF250L

今回は仙台のO氏と伊丹空港で朝9時に待ち合わせして出発、中国自動車道に入り

西宮山口JCTから阪神高速7号線へ明石海峡大橋を渡り淡路SAで最初の休憩

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昨日まで秋雨前線の影響で天気が悪かったがこの連休は天気に恵まれそうです

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伊丹空港でO氏がレンタルしたレブル250

神戸淡路鳴門自動車道を進み大鳴門橋を渡り板野ICで降り昼食がとれる場所探し

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ICの近くのうどん屋さん。徳島も結構うどん屋さん多いですね

食後、下道を西に向かって移動、美馬市の「うだつの町並み」へ

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「うだつの町並み」のうだつというのは町の名前とばかり思っていましたが間違いでした。うだつとは家の境界部分に作られた延焼防止の防火壁のことでした。「うだつがあがらない」の語源です。

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今日の宿を探すため本日の宿泊目的地の三好市に向かって出発。今日の宿は「ビジネスホテル阿波池田」に決定

時間がある為、大歩危まで吉野川を左に眺めながらひとっ走り

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妖怪巡り?この先の大歩危の道の駅で確認すると妖怪街道なる道があるらしい。道の駅にも妖怪屋敷の看板が・・・こなき爺がいる!行ってみよう

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児啼爺とツーショット

ホテルにチェックインし近くのタクシーの運ちゃんに連れて行ってもらったメダカの家とという居酒屋へ 乾杯!お疲れ様!1日目257Km

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2日目 今日の目的地は室戸岬まで行きます

国道32号線を南下、祖谷口を左折し県道32号線を祖谷温泉方面へ、すれ違いができない

ほど細い道を渓谷沿いに進むと祖谷渓展望台、その先に祖谷渓の小便地蔵に到着

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そのまま南下しかずら橋へ。

シラクチカズラで編んだ橋だそうだがよく見ると金属のワイヤーに編み込んでいる。足元も10cmほど隙間が空いており揺れてかなり怖い。休憩所で一休みし出発。国道32号線に戻り南下

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道の駅大杉で休憩。徒歩で大杉まで、なぜか美空ひばりの遺影碑、歌碑がボタンを押すと歌が流れてくる。ここから太平洋側の道の駅やすまで行き昼食

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昼食の海鮮丼

太平洋沿いに国道55号線を進み安芸へ

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三菱の創業者岩崎弥太郎の生家、野良時計を見学し今日の目的地の室戸岬

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室戸岬に夕方に到着。早速今日の宿探しの為、観光協会で紹介してもらい電話をかけるがどこも満室。あきらめずに電話をかけると民宿川崎で一部屋だけ空いていた為、即決 バイクを置いて宿の人に車で送ってもらい居酒屋初音という店で食事 2日目 177Km お疲れさまでした

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ミャンマー、インド、バングラデシュ その2

今回は正月休みを利用して1週間でミャンマーからインド、バングラデシュへと陸路で
チャレンジしました。
計画ではミャンマーマンダレーまでバンコク経由の空路、マンダレーからタム、
国境を越えてインドのモレへ、モレからインパール、シロンへ、ダウキで国境を越えて
バングラデシュのシレット、ダッカへ、ダッカからバンコク経由で帰国の計画だ。
これが実現すれば香港からダッカまで5年かけて陸続きで繋がる事になる。

インパールをバスで出発

見た目は普通のバスだが乗り心地は最悪である。おそらくインド国産のバスだ。

振動をタイヤの空気圧だけで吸収しているような乗り心地。

コヒマまでは山道で半分以上は未舗装で砂を巻き上げ、振動に耐えながらの移動

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途中バスを止めトイレ休憩、なんと女性も一緒に大地へ放水

ディマプルからは道路もよくなりバスもスピード上げた

朝方降りろと起こされるグーグルマップで見ると、シロンへの分岐点でシロンへ行く人

はここで別のバスに乗り換えるらしい。シロンへ向かうらしき人についていくと乗合

ジープに乗っていく「シロン?」と聞くと乗れと合図、どう見積もっても8人乗りの

ジープに12人乗りこみ出発、12月27日(金)の朝8時にメガラヤ州シロンの町に

到着 20時間のバスの旅

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インドタタ社製の乗合ジー

歩いてポリスバザールのセンターポイントに到着

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センターポイントの露店屋台で朝食

まずはホテルを探して今日の宿を確保、センターポイントの近くで探すことにした

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The Eee Cee Hotel 1泊2,464INR(約4,000円)

すぐに部屋を使用させてくれる事でここに決定、シャワーを浴び今後の予定を練ること

に、翌々日の29日(日)にはバングラデシュの国境を越えなければ30日(月)にダッカ

に着くことができない。1日余裕を見て明日の28日(土)に国境を超えることにして、

車中泊で疲れていたが今日は観光をすることにした。ホテルのフロントにタクシーを

頼みチェラブンジへ、貸し切りで1,800INR

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Duwan sing View Point 

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Wah-kaba Falls 乾季で水が少ない

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Nohkalikai Falls 水が少なかったが大迫力

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Seven Sisters Fallsまったく水がなかった

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9月~10月ごろに来るとこの景色が見られるらしい

この後Mawsmai Caveに寄りタクシーの運転手にノングリアットに行きたいと言ったが

が、「もう日が暮れるから行けない」と確かにシロンを11時過ぎに出発ここチェラブン

ジまで2時間以上かかっている今日はあきらめて帰ることにシロンに着くころには真っ

暗になっていた。ホテルに戻り近くでビールを買い(メガラヤ州はお酒OK)食事をし

たが食欲がないしビールもすすまない。夜激しい下痢と嘔吐に襲われ、日本から持って

きた下痢止めを飲んだが全く効かない。ほとんど眠れず朝になったが治まらなかった。

おそらく細菌性胃腸炎、とても今日移動することは出来ない。この状態が続くなら

トイレのないバスや車に長時間乗り移動できない。とりあえず病院に行くか薬を手に入

れなければいけない。ホテルのフロントに聞くと薬屋さんの場所を教えてくれた。

整腸薬と抗生物質を手に入れ飲むことに 

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Rifaximin とCyraflora

インターネットで調べるとRifaximin(リファキシミン)は抗生物質

Cyrafloraは日本語訳はなかった多分インドの薬で整腸薬?。とりあえず飲むしかない。

明日には国境越えてバングラデシュのシレットまで行かなくてはいけないがこの状態で

は危険だ、せめてトイレが近くにある飛行機を選択しなくてはいけない。

シロンからインドのコルカタ経由でダッカまでIndigo Airが飛んでいる。翌日のチケッ

トをスマホで取りこのホテルにもう一泊することにした。

翌朝には薬も効いたのかだいぶ治まっていた。タクシーに乗りシロンの空港へ、

1日2便コルカタに飛んでいるだけの小さな空港です。

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シロン空港

コルカタのイミグレで無事インド出国しダッカへ 飛行機の為、予定より1日早く

ダッカ到着

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ダッカのイミグレであれこれ質問され解放、両替所でドルからタカに両替とSIMを買い

暗くなっていたので空港タクシーでホテルへ、道路は大渋滞でホテルに到着したのは

21時過ぎていた。ホテルはモティジールにあるラマニアインターナショナル

おかげでおなかの調子はすっかり良くなった。体調は良くなったがバングラデシュ

イスラムの国、基本的にお酒は飲めない残念。翌朝はダッカの町を散策

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ダッカ モティジールの街並み 電線はすごいことになっている

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CNG(三輪バイク)に乗ってオールドダッカまで牢屋に入っている気分

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スターモスジット

 

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バラカトラ宮殿

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街中はゴミだらけ

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オールドダッカ ショドルガットのフェリー乗り場ここから各地へ船が出ている

対岸までボートが行き来している

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外輪船ロケットスチーマー 

クルナまで行っている珍しい外輪船だ。昔は蒸気船だったが今ははディーゼルエンジン

で動いている、次回ダッカに来たら是非乗ってみたい

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道路はバス、乗用車、CNG、リキシャ、馬車が入り乱れ、いたるところでぶつかり

けんかをしている。帰りはオールドダッカからリキシャに乗りホテルへ

CNG、リキシャと乗ったが最初に金額を交渉してるのに、足りないと言ってくるし

おつりは出さない、途中で勝手に降ろす。何回も言い合いになったがそのうちこんなも

んかと思い始めてきた。

翌朝ホテルのレストランで日本人の一人旅の方と家族連れの旅行者の方とお会いしまし

た。一人旅の方は来て早々スマホ落としたらしく困っていました。家族連れは奥さんと

小学生高学年くらいのお子さんと観光旅行と言っておられました。

朝食を済ませリキシャでダッカ駅まで行き列車で空港まで移動

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ダッカ駅の切符売り場 ベンガル語で何も読めません

左から2番目がエアポート行きのチケット売り場

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この列車に乗れと言われ乗車 Intercityだけど大丈夫か?

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列車内の風景

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エアポート駅 どうやら全部列車は到着するよう。陸橋に上がり列車の屋根乗りの

写真撮影、大晦日の為か屋根に乗っている人は少なかったです。

無事ダッカ空港に到着、出国し、タイ航空でバンコクまで戻りました。

中予定変更しましたが無事日本でお正月を迎えられました。

おしまい

 

 

ミャンマー、インド、バングラデシュ その1

今回は正月休みを利用して1週間でミャンマーからインド、バングラデシュへと陸路で

チャレンジしました。

計画ではミャンマーマンダレーまでバンコク経由の空路、マンダレーからタム、

国境を越えてインドのモレへ、モレからインパール、シロンへ、ダウキで国境を越えて

バングラデシュのシレット、ダッカへ、ダッカからバンコク経由で帰国の計画だ。

これが実現すれば香港からダッカまで5年かけて陸続きで繋がる事になる。

12/24クリスマスイブの深夜便で関空出発バンコク経由で同日の午後マンダレー着、

ミャンマーは現在特別処置で2020年9月まで日本人はビザ不要である。

帰りの航空券の提示が必要と書かれていたがもちろん持っていないが入管をそのまま

スルー。空港から乗り合いバスに乗りThiri Mandalar Highway Bus Stationへ。

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Thiri Mandalar Highway Bus Stationから少し北に行った場所にタム行きの乗場があった

チケット(23,300MMK)を買ったらすぐにバスに乗れと言われ出発、15時発ギリギリ

だった。

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バスの前方の行き先(右)タムと書いてある。なぜかイージーライダー

走り始めて1時間ほどで夕暮れのサガインを眺めながらエーヤワディー川を渡り、

途中休憩をはさみ、夜9時頃モンユワの町に到着、ここでバスは満席となった。

自分以外は全員現地人だ

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途中の食堂で腹ごしらえ

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焼き鳥?

モンユアを過ぎると山道になり道路の状態は悪く、継ぎはぎの舗装で乗り心地は最悪!

しかしここで驚いていてはいけないなぜならインドのバス旅はもっと最悪だったから

だ。さすがに車中泊2日目ともなるといつの間にかバスの中で爆睡してしまった。

朝5時頃カレーミョの町に到着、ここで半分ほど乗客が降りて行った。

インドとの国境が近づくと検問がありパスポートチェックを受け、8時にタムの町に

到着。17時間のバスの旅だった。

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インドとの国境の町 タム

タムの町は標高が高いのか日本の11月ごろの気候だ。国境まで歩くことにした。

AH1を2Kmほど歩くと分岐、まっすぐ歩くと国境が見えた。

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ミャンマーのイミグレ手前の建物は出国、奥は入国

ミャンマーのイミグレに到着すると中国人が数名騒いでいた、どうやらインドのビザを

持たずに来たらしい。今回は時間がない為インドのビザは大阪の総領事館で取得した。

中国人を後目に無事出国 歩いて国境の橋を渡る

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川向うがミャンマー手前はインド

川を渡りいったん左手のインドのイミグレへ。朝早い為か誰もいない

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インド側のイミグレ

入国カード、税関書類をGoogle翻訳を駆使して記入し無事入国。

ここでインドを出国する欧米人とすれ違った。

思い起こせばインドにいる間、日本人どころか欧米人に会ったのもここだけだ。

それもそうで今いる東インドマニブル州は10年前まで外国人は入国制限されていた

地域、地球の歩き方にもこのあたりの情報はほとんどない。この国境も外国人に開放さ

れたのは2,3年前のことである。

先ほどの欧米人を乗せてきたタクシーの運転手が声をかけてきた。

「両替、simを手に入れてインパールへ行く」と言うと500ルピーで行くと言われ交渉成

立スズキのワンボックスに乗り込んだ。今日は25日クリスマスで休日銀行は休みと

言われ町の両替商の店へMMKをINRへ両替、simを手に入れた。

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インドモレの町

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アジアハイウエイ1号線(AH1)です。

他の客荷物を載せスズキのワンボックスは10時に出発

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インパールに向かい山道は未舗装部分が多い

途中検問でパスポートチェック14時過ぎにインパールに到着

市場の近くで下車し近くのホテル ニルマラにチェックイン650INR

レッドヒルへ行く為近くのオート三輪と交渉、往復貸し切りで500INR程度と

思っていたがなんと2,000INRとぼったくり!日暮れも近いし何とか1,500INR

まで交渉

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レッドヒルインパール中心地から南に20Kmの場所にある

レッドヒル第二次世界大戦で『史上最悪の作戦』と言われたインパール作戦

での激戦地である。英印軍の猛反撃に合い第33師団(日本兵)の多くの血を流

れた丘としてレッドヒルと呼ばれている。なぜ安倍さんの看板があるのか?

そう12月15日に訪印し慰霊でこの地を訪れる予定だったが、アッサム、マニブル、

メガラヤ州で情勢悪化し急遽訪問取りやめ看板だけが残ったわけだ。

外務省の「たびレジ」の情報によると特にアッサム州のグウァハティでは夜間外出禁止

令が出て暴動で死者が出ているらしい

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慰霊碑「インパール作戦戦没者勇士の碑」

ロトパチン村の人が建てた慰霊碑らしいです

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6月に開館したしたばかりの平和資料館 本日クリスマスで閉館残念!!

 

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レッドヒル

インパールの町に戻り明日の予定を検討、ディマブルからグウァハティまで

列車で移動を考えていたが、情勢を考慮するとアッサム州は危険だ、しかし

シロンまで行くためにはアッサム州はどうしても通過しなくてはいけない。

シロン行の直通バスのチケットを買った1,100INR明日朝10:30出発だ。

ホテルに戻りホテルで夕食、2日間車中泊でさすがに疲れ切っていた。

 

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チキンマサラを頼んでみたカレーとの違いがよくわからない

ビールを飲みたかったがマニブル州は禁酒州で残念ながらアルコールは飲めない

夕暮れとなると気温は一気に一桁まで下がる。給湯器は貯湯式、タンクにお湯が

なくなると大変なことになる。結局寒くてダウンジャケットを着て寝ることにした

 

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インパールの町

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カングラフォート マハラジャの像

 

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カングラフォートの北ゲートの近くにあるバスチケット売り場ここでバスを待つ

1時間半遅れの12時出発

タイツーリング チェンライ~チェンセーン~プーチーファ~パヤオ

10月の即位の礼の休みを使いタイ チェンライにバイクツーリングに行ってきました。

10月18日(金)関西空港 0:50発 JL727便でタイまで行き、スワンナプーム国際空

港で、今回のツーリングメンバーであるO氏、M氏と合流コードシェア便バンコク

アウエイズでチェンライまで

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チェンライ空港で民族演奏でお出迎え

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空港を出て右端にチェンライ市内へ行くバス20Bに乗り市内のナイトバザールまで

タイは10月まで雨季、チェンライについた時から嫌な予感がしていたが、

バスに乗っていると雨が降り出してきた。とりあえず近くのマッサージ店に入りしばら

く雨宿り。おデブちゃんの女性が担当、うとうとしながらおデブちゃんを見るとなんと

汗だく状態、今にも汗が自分の足に滴り落ちてきそうではないか、慌ててスマホを取り

出し「汗ふけ」と翻訳するとスカートをまくり上げ腹をあらわにして汗を拭くではない

か、ひやひやしながらマッサージを受けていると、すっかり外は雨が上がっていた。

近くのバイクレンタル店で3人ともCB500xをレンタル1500B/日を頑張って交渉して

1200B/日 デポジットで私のパスポートを預け出発

 

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今日の予定はドイメーサロン、メーサイ、ゴールデントライアングル、チェーンセーン

だが雨が心配の為、ドイメーサロンは止めてミャンマーとの国境の町メーサイに向かう

ことに、途中Tham Pla Caveにより腹ごしらえ

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河童なのか?不気味だ

バンコクからつながっている国道1号線をひたすら北上

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タイ最北端の町メーサイの看板が見えてきた

国道1号線はアジアンハイウェイ2号線(AH2)でもある。北上を続けるとボーダーが

見えてきた

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正面に見える建物がボーダー、向こう側ミャンマーのタチレクである。

エントリーパーミットを発行してもらえば、外国人の陸路越境を制限許可されているが

タチレク以外の周辺のエリアは外国人は立ち入り禁止であるため越境しても陸路では

ミャンマーの他の町には行けない。。パスポートを預けている私にはその権限すらない

1041号線を東にゴールデントライアングルへ向け出発、ここからは片道1車線ののどか

な道路、40分ほどでゴールデントライアングル到着

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ここはメコン川、ルアク川を挟んでタイ、左手にミャンマー、右手にラオスと3か国が

国境を接する場所である。過去は世界最大の麻薬密造地帯であったらしいが現在は観光

地化され、ラオス側はカジノ等の娯楽施設がある。

夕方になり今日は1290号線を南に下ったチェーンセーンの町に宿泊を探そう。

メコン川沿いを走るとよさげなチェーンセーンゲストハウス発見、3部屋交渉400~

500B

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 ゲストハウスの前は道路を挟んでメコン川、対岸はラオス

最高のロケーションで露店で食事

 

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チャーンビールで乾杯

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翌日は隣の食堂で朝食を取り出発。

1290号線をメコン川沿いに次の目的地チェーンコーンへ移動

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途中、峠で休憩、今日は朝から最高の天気だ

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タイのチェンコーンの町のボーダーメコン川を船でラオスのフアサイまで

但し外国人は10Kmほど南下した端にあるボーダーでしか渡れない

 

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チェンコーンの市内でライダースコーヒーという店で一服

ここから1155号線でメコン川沿いに4029号線で山岳地帯へ向かいます。

今日の目的地はラオスとの国境に広がる美しい雲海の名所「プーチーファー」

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 メコン川を離れて山岳地帯へ1000mほど登り一気に20℃前後まで気温が下がり始め

た。途中食事休憩を取り、14時頃にはプーチーファーの駐車場に到着、バイクを置き

ここからビューポイントまで760m登山である。途中現地の子供たちが民族衣装を着て

歌っている。息を切らし登っていくと絶景が広がってきた

 

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崖の頂上がプーチーファー、崖の下はラオスである。

乾季には麓に雲海が広がり日の出を見に来る人も多いらしい

明日も早朝に上り日の出を見に来よう

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 山を下り今日の宿探しグーグルマップでよさそうなコテージタイプのゲストハウスを

見つけ交渉 500B 3部屋GET

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 山登りしたせいか近くの食堂で食事、ウイスキー1本開けて9時には就寝。

翌朝5時にプーチーファーの駐車場に向けて出発、真っ暗闇の中登山開始。

スマホの照明を頼りに登っていくと薄明るくなってきたが、日の出の方角を見るとだん

だん曇ってきている。残念ながら日の出は拝めなかったが、雲海は綺麗に見えました

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 ゲストハウスに戻り朝食、準備し出発

今日の目的地はパヤオ、途中プーサン国立公園とカネーン滝による予定。

まずは山を下ってプーサン国立公園へ

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カネーン滝に向かったが途中バイクで走れる道で無くなった為、引き返すことに、

パヤオに向かって1021号線を突っ走る

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名前は忘れたが湖の目の前のゲストハウスに宿泊 500B

ゲストハウスの前の通りを左に500mほど行くと湖の真ん中にある島の寺院に行く

ボートが出ている、島ごと寺院になっている。湖のほとりを散策。

 

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ガムムアン王像

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 パヤオ湖の夕暮れ

翌日はドーイルアン国立公園に寄り、無事チェンライまで帰ることができました。

お疲れさまでした。おしまい

 

ミャンマー ゴッティ鉄橋、ラショーに行くはずが

2019年8月 お盆休みを利用してミャンマーに行ってきました。

当初計画はセントレアから羽田、バンコク経由でマンダレーに入り、列車でラショーへ

と行きティーボー、ピンウールイン(メイミョー)と戻りマンダレーバンコク経由で

セントレアに戻る計画、目的は何といっても一日1便の列車に乗り、ゴッティ鉄橋

(Goteik Viaduct)を渡る事です。

お盆の墓参りも終え13日の夜セントレアから羽田経由でバンコクへ、なんと

羽田の搭乗口にバイク仲間のO氏(チャーン島バイクツーリングに登場)偶然同じ

飛行機バンコクへゴルフに行くそうだ。どさくさにまぎれて一緒にダイヤモンドレーン

で搭乗翌朝バンコクスワンナプーム空港に到着、O氏とはここで別れ、私はドムアン空

港へ。

 

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スワンナプーム空港の到着フロアー3番出口にドムアン空港行きのシャトルバス乗場が

ある。ドムアンからのチケットがあれば無料だ。

ドムアンからエアアジアマンダレーまで、マンダレー空港からはシャトルバスで

(4,000MMK)ホテルまで送ってくれる。今夜のホテルは79 Living Hotelマンダレー

のすぐ裏である。

チェックインを終えすぐ外出、まずは明日の列車の切符と両替である。

ラショー行きは1日1便朝4時出発である。駅に行きチケット売り場を探すが

ミャンマー語表記で一切わからず。駅員に「ラショー」と言って売り場を探す

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売り場6番に並び「アッパークラスの窓側」をリクエストしたが席が無く

17番に並びなおしてオーディナリーの窓際GET(2,400MMK)。現地の人と一緒の旅も

悪くない。

次は両替、駅近くのダイヤモンドプラザの1階の銀行で両替、円は扱っていない為、

USドルで両替。時間はPM3時、近くのトゥクトゥクを捕まえインワとサガインに観光

2か所は日暮れまでに戻ってこれないと、ならインワとインワ鉄橋ならと言ったら

OKと言われ値段交渉 35,000MMK(約2,500円)1時間ほど走りインワへ

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ナンミン監視塔 傾いて登れない
マハーアウンミェ僧院、バガヤー僧院を廻りインワ鉄橋へ

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 インワ鉄橋は鉄道道路併用橋で橋の向こう側はサガインである。イギリスの植民地時代

に作られた橋で、現在は隣に新しい道路橋がある

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インワ鉄橋から見たサガインヒル。夕日が当たりきれいである。

夕食は近くの店で済ませ明日に備えて早めの就寝

翌朝AM3時に起床、チェックアウトを済ませマンダレー駅へ

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AM3:30のマンダレー駅、現地の人はホームで寝ている。そろーりそろーり4番ホーム

へ、ラショー行きの列車はすでにホームに

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定刻の4時に出発、線路の状態が悪く揺れが酷く時速40Km程度しか出ない

窓も開けっぱなしの為、虫も入ってきていっぱい刺されてしまった最悪

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オーディナリークラス

座席は硬いシート、19時間耐えられるか?奥の座席は虫よけの為、蚊帳を張っている

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アッパークラス

リクライニングできる、外国人旅行者が多い

1時間ほど走りSEDAWに到着、揚げパンと黒いもち米を炊いたご飯を買った

揚げパンは、油っこくおいしくないがもち米を炊いたご飯は赤飯のようでおいしい

この駅から線路は山に登っていく、今では日本ではめずらしいスイッチバック

(急な斜面を交互に進行方向を変えジグザクに進む線路)である。

今回の列車旅これも楽しみの1つである

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進行方向を変えながら進む列車(バックで進んで方向を変え左側の線路を登っていく)

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7:40定刻より少し早くピンウーリン(メイミョー)に到着

この駅は標高が高くマンダレーと比べるとかなり涼しい。列車の中にいた虫もいなく

なっている

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ピンウーリンの駅は標高3506FTと書いてある1FT=0.3048mなので約1,100mだ。

列車は30分程停車し出発。2か所程途中駅に停車し1時間ほど高原の中を走り

10時頃WET WUNという駅に停車、民家が数件立ち並ぶ山間の駅だが列車は1時間程

停車して動かない。日本と違い時刻通り運行するとは思っていない気長に待ち続ける

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グーグルマップで位置を確認ゴッティ鉄橋まで50Km弱の場所である

13時そろそろ3時間たつが動かない・・・・・・嫌な予感がする

隣の現地のおばちゃんが僕のほうを向いて機関銃を構えるゼスチャーをした

シャン州北部の少数民族武装組織がミャンマー軍と中国国境の利権をめぐって争ってい

情報はあるがラショーより北の国境付近(コーカン自治地帯)外務省渡航情報レベル3

渡航は止めてください。(渡航中止勧告))である。

今回行くエリアはレベル2(不要不急の渡航は止めてください)。

14時頃、他から駅員が集まり騒がしくなり、いつ出発か尋ねると「マンダレーに引き返す」と列車は一旦ピンウールインまで引き返しマンダレーに戻って行った。

ピンウールインの駅で降り駅員に切符を見せ明日の列車にチェンジしてほしいと頼むと

スマホを取出し、橋が破壊された写真(記事)を見せしばらく列車は出ないと

今日はピンウールインで宿を探す事に

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ピンウールイン駅前

時計台の近くのBravo Hotel 1泊18ドルを交渉して15ドル。インド系のオーナーに

バスでラショー、ティーボーへ行き方を聞くと、軍が戦っているからこの町から西へは

危険だから行ってはだめだと言われしばらくここに滞在することとした

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町のシンボルパーセルタワー

翌日町に出ると物々しい雰囲気である軍隊のトラックが何台も街中を通っている

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スマホで写真を撮ると何と銃口を向けられているではないか(汗)

ホテルに戻り情報収集していると、バンコクにいるO氏からラインが入っている

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ミャンマー日本大使館からの情報を送ってくれました

何と昨日この町の軍事施設6か所も襲撃されて民間人も被害にあっている。

すぐに脱出しなければと思いホテルにマンダレーまでタクシーの手配を依頼したが

今日は手配できないと、ホテルをチェックアウトし街中へ、パーセルタワーの北100m

の場所シェアタクシーの乗場へ行き女子高生に挟まれ無事マンダレーまで脱出

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シェアタクシー乗場

今夜の宿を探す為とりあえずマンダレー駅で降ろしてもらうと目の前にHISのマンダ

レー支店発見、日本人スタッフに聞くところによればゴッティ鉄橋より西側

ティーボー、ラショーは占拠され封鎖されているそうだ。1日早く列車に乗っていれば

鉄橋は見れたが、しばらく帰ってこられなかったかもしれない。

残りの日程はマンダレーで過ごし日本に帰ることとした。

結局目的のゴッティ鉄橋、ティーボー、ラショーには行くことができなかった。

終わり

 

ハノイから香港まで陸路で

2019年のGW、まさに時代は令和へと移り変わった日に、日本出発しベトナム ハノイ

から香港まで鉄道を使い行ってきました

5月1日新天皇即位の日、中部国際空港からキャセイパシフィックで香港へ、

トランジットで香港航空を利用ハノイ

 

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ベトナムハノイのノンバイ空港に到着、空港を出て左側の端っこの86番バス乗り場へ

行きロンビエン(Long Bien)まで30,000VND、夕方で渋滞するかと思ったが30分程で

到着

 

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ロンビエンから歩いて旧市街へ

今日の宿「SINCERITY GUEST HOUSE」へチェックイン

 

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夜は近くのドンキンギアトゥック広場周辺をビール片手にぶらぶらと

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屋台で夕食ベトナムのフォー

 

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翌日はハロン湾に行く予定だったが、失敗をしてしまった

ハロン湾までは列車で行こうと計画、市街地から離れたイエンビエン(Yên Viên)駅を

朝5時出発し7時間ほどかかる為あきらめて、ハイフォンまで列車で行バスでハロン湾

を目指すことに。

ハイフォン行はロンビエンの駅から出ているらしい、朝5時半にロンビエンの駅へ

ハノイ発の6時の列車に乗る予定

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ロンビエン駅

窓口が開き「ハイフォンまで1枚」と頼むと9:20と言ってきた

何と6時の列車は「ロンビエン駅は停車しない」とのことだ。昨夜ビールなど飲まずに

しっかり調べておくべきだった

今からハノイ駅に行っても間に合わないし、9:20の列車では今日中に帰ってこれない

バスで行くしかないと思い、調べてみるとミンダイン(My Dinh)と言うバスターミナル

から出ているらしい。タクシーを拾いバスターミナルへ渋滞にはまり到着

 

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ハロン湾のバイチャイ(Bai Chay)まで120,000VND VIPと表示があるが何がVIP

なのか疑問である。

8時のバスに乗り到着は12時、何とバイチャイまで4時間である

バスでうとうとしてしまい乗り越して隣町のホンガイまで行ってしまった

バスを降りて近くにいたバイタクに声掛けバイチャイの埠頭まで

80,000VNDで交渉

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バイタクの後ろに乗りバイチャイ橋を渡り目的地へ、レインボーブリッジを

ファミリーバイクで2人乗りしてるようなものだ

バイクを降りハロン湾観光の船乗場を探すが見当たらない。近くにいた別のバイタクに

聞くと「ここじゃない」と。地球の歩き方15-16に載っている場所は古いのか?

トゥアンチャウ島の乗船場に連れていかれた

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チケットカウンターに行き3時間観光コースを買う。13時出航だそうだ。

地球の歩き方に帰りのバスの最終17時と書いてある、バイチャイのバスターミナル

まで2、30分程度、

16時に戻ってこれれば間に合いそうだ。

しかし13時になっても一向に出航しない、「出発は?」と聞くと、「人数が集まらない

から出航しない」、「出航したいならエンジンフィー500,000VND払え」と信じられな

いことを言い出した。当然払わない!どうやら15人集めないと出航しないらしい。

隣で日本人のツアーが船に乗っていくのを横目に待つこと1時間15分、ベトナム人観光

客を集め14:15ようやく出航

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トゥアンチャウハーバー

 

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帰りのバスに間に合わなければハロン湾(バイチャイ)で一泊しなければならない

色々調べたらハノイ行のバス17:30との情報アリ賭けるしかない、ハーバーに戻って

きたのは17:10走ってタクシー乗場へ、バスターミナルまで「150,000VNDだ」と、

交渉している余裕はない、いいからとにかく急げと

走っていると運ちゃんが「あれだ!あれだ!」と反対車線に停車しているバスを指さし

た。まずい!ウインカーを出して出発するところだ、もうUターンしてる余裕はない

運ちゃんが片側3車線のセンターラインに停車して「ここで降りろ」と、お金を助手席

に投げて道のど真ん中で下車、車の間を抜けてバスに手を振る。何とか乗車できた

帰りも4時間かけハノイまでなぜか100,000VND、無事到着

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生春巻き+ビールで夕食

翌朝ホアンキエム湖を一周し市内観光へ

 

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ハノイ駅から北に向かった場所 インスタ映えする場所らしい

列車は昼間はほとんど隣のロンビエン駅から出発している

ホーチミン廟⇒タンロン遺跡⇒軍事歴史博物館⇒ホアロー収容所と観光

 

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ベトナム焼きそば、生春巻き、ハノイビールで昼食

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旧市街のタービエン通り、観光客でにぎわっている

夕方マッサージをしてGHでシャワーを借りてバイタク(70,000VND)で

ザーラム(Gia Lam)駅に向かう

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ザーラム駅周辺

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T8702/MR2/MR2列車

ベトナムハノイのザーラム駅(21:20発)、中国広西チワン族自治区の南寧駅

(翌10:10着)を結ぶ中国鉄路総公司が運航する国際列車です。

列車は満席です。インターネットで予約して正解

途中ベトナムのドンダン(Dong Dang) 駅でベトナム出国し中国の憑祥(Pingxiang )

駅で中国入国となる

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軟臥車 (1等寝台車)私は下段の右側です

列車は定刻に出発。時速60km程度でゆっくり走る。

ハノイで買ったウイスキーを飲みながらうとうとしていると夜中の1時にドアをノック

される。ドンダンの駅である。先日米朝会議で金正恩ベトナムに着いたのがこの駅で

ある。パスポート、荷物を持って下車。イミグレの窓口は2か所しかなく約1時間半かけ

て出国

 

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ドンダン駅のイミグレ

再び列車に乗り30分程走り憑祥駅に到着

なぜか一緒の部屋にいたロシア人が乗っていない、何かトラブルか

再びパスポート、荷物を持って下車。イミグレへ行き入国

夜中に実にめんどくさい

 

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憑祥駅 ホーム、イミグレ

結局入出国で5時間停車して朝6時に出発した。

朝10時過ぎに南寧駅に到着

 

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南寧駅


まずは広州までの列車のチケット確保、駅に入り窓口で予約番号とパスポートを提示し

切符と交換、手荷物を預ける。

 

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駅の左手、行季寄存と書いてある場所が手荷物預かりだ。

両替して地下鉄へとりあえず南湖に行ってみよう

 

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南湖公園から徒歩で青秀山へ行き観光

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南寧駅に戻り食事

麻婆飯
漓泉ビール

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昆明から広州行の列車だ

K366 南寧20:30発 今回は食堂車もついている

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中国の列車だから当たり前だがハノイからの列車と同じ作りだ

隣は小さな子供連れのお母さんだ

約12時間後広州駅に到着。

 

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広州はこの駅と東駅、南駅3か所大きい駅がある

香港までは高速鉄道で行こう。高速鉄道は南駅。南駅までは地下鉄2号線で行ける

広州南駅の窓口で高速鉄道の切符を買うがすごい行列。1時間ほど並ばされてようやく

切符を手に入れる。さすが中国。パスポートを見せホームへ、あれ?香港へ行くには

出国しなくてはいけないのでは?イミグレのような場所は見当たらない、

列車の中なのか?

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1時間程度で快適に香港に到着。

高速鉄道はほとんど日本の新幹線の真似をしている。形はそっくりシートも3列、2列

と同じである。列車を降りてイミグレここ香港で中国出国のスタンプを押される。

しばらく歩くとまたイミグレなるほどここで香港入国だ。

ベトナム ハノイから香港まで約1,200km鉄道で移動でした

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飲茶で贅沢

おしまい

タイツーリング カンチャナプリからサンクラブリに行ってきた

2019年1月連休を使って今回は一人タイへツーリングに行ってきました

セントレアからJL737でバンコクスワンナプーム

エアポートリンクに乗り換えパヤタイへ行き、タクシーを捕まえ「サーイタイマイ」と言い南バスターミナルを目指しました。夕方の渋滞にはまり1時間程度だがメーターで行ってくれて180TB

急いで3階のチケット売り場へ行くとカンチャナブリ行は下で買えといわれ、1階のバス停へ向かうと外にテーブルを構えたおばちゃんに「カンチャナプリ」と言うとチケット(確か120TBだったか)をくれバスを指さした。

渋滞もありカンチャナプリに到着は20時半 近くにいたモーターサイ(バイクタクシー)の後ろに乗りメーナムクワエ通りへ、以前宿泊したブルースターゲストハウスに宿泊

 

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チェックイン後近くの屋台で食事

翌朝近くのバイクレンタル屋さんへ大型バイクはスクータータイプしか見当たらない

やっぱりギヤ付きバイクに乗りたい2件ほど探したが OK BIKE RENTALにホンダの

CB150Rと中国製のバイクを見つける。迷わずCB150Rに決めた。

パスポートのテポジットなし写真を撮り終わり出発

 

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www.bluestar-guesthouse.com

 OK BIKE RENTAL

今回のルートはカンチャナプリからミャンマーとの国境の町スリーバゴダ、モン族の町

サンクラブリまで1泊2日、片道約230Kmのツーリング

 

 

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一人旅、事故けがをすれば大変だ安全運転で行こう。サンクラブリまでは1本道

323号線をひたすら北上すればよい。今回のルートは戦時中日本軍が連合軍の捕虜を使い建設したと言う泰麺鉄道とほぼ同じルート、ミャンマー国境までたどってみたい

 

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途中タイガーテンプルに寄るも虎がいないから休業中とのこと

代わりにガチョウ?の写真を撮り再出発

 

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バイクも150CCと馬鹿にできないスロットル吹かせばあっと言う間に100Km/h出てしまう。150Km走ったトンパプムと言う場所で三差路に分かれている。まっすぐ行くと

ミャンマーの国境の町ピローク村だ。ここにも寄りたかったが今回は時間がない

三差路を右折ここからは山道だ。150CCのバイクではトルクがないシフトダウンして

30分程走るとカオレム国立公園に、湖を左手に進むと又三差路、これを右折すると

スリーバゴタパス、ミャンマーとのボーダーがある。宿探しの為、サンクラブリへ

お昼過ぎに到着、数件ゲストハウスを廻りスターライトリゾートに決めた600TB/泊

荷物を置きバイクでサンクラブリの町で遅い昼食を食べ、来た道を戻り

スリーバゴタパスへ向かう。

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バゴダとは仏塔のことで三つ並んでいるからスリーバゴダというらしい

バゴダの裏はイミグレでその向こうはミャンマーである。

ここにはイミグレがありミャンマーのパヤトンズへ行けるが残念なことに日本人には

開放していない為、国境は渡れない

ボーダー沿いの土産物屋を歩いていると土産物屋の壁の穴から100バーツと声をかけ

られる。ここをくぐってきたら100バーツでバイクに乗せてパヤトンズの町を

案内してくれるそうだ。不法入国ではないか?

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ところどころに泰麺鉄道の線路が残されている

ミャンマー、タイ、日本の古い鉄道1942と書かれている

 

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寺院が建てられている。たくさんの日本兵も命を落としたのだろう

再びバイクを走らせサンクラブリへGHにバイクを置き歩いて観光地のモンブリッジへ

 

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モンブリッジはカオレム湖に架けられた巨大な木造橋です。橋の向こう側はモン族の

村となっています。カオレム湖はダム湖で人口の湖で、泰麺鉄道も昔の町、寺院も

湖の底に眠っています。水位が下がると建物が水面から顔を出すそうです

 

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GHの前にて

翌日早朝にGH出発、セブンイレブンで朝食、途中カオレム湖沿いのポンピーという

キャンプ場で休憩

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ひたすら 323号線を戻り、サイヨーク国立公園へ

入口でお金を払い公園へ、公園内には旧日本軍の戦跡や鉄道の跡も残っている

場所もある

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サイヨークヤイの滝

この近くには泰麺鉄道建設で大量の死者を出したヘルファイヤーパスという場所

もあるが以前行っている為今回は時間の問題で省略する

 

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 泰麺鉄道(現在のナムトック線)のアルヒル桟橋に行き列車を見る為、終着駅の

ナムトックで列車の時刻を確認して行こう。サイヨークノイの滝を超え323号線を

左折しナムトック駅へ。

 

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ちょうど折り返しの列車が来る時間だ、何とか先回りして行こう

急いで323号線に戻りマヒドン大学を右折ワンポーの駅を左折しタムカセ駅へ

ここからアルヒル桟橋を渡る列車を見ることができる。列車より早く到着、時間まで

昼食を食べ列車を待つ

 

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 列車を見送った後、323号線ではなく裏道を通りカンチャナプリへ向かう

カンチャナプリの近くに巨大な合歓の木に寄る。

日立のコマーシャルに出てる木と思ったが違うようだ

 

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映画の戦場に架ける橋のモデルになった鉄橋。隣に博物館がありそこに昔の橋がある

バイク屋さんに無事バイク返却。ブルースターGHに顔を出すと部屋が空いているた為

宿泊、50TBおまけしてくれました。

夜はセブンイレブンでビールを買い、近くの屋台で焼き鳥

 

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翌朝近くのモータサイを拾い駅まで

トンブリ行の列車に乗りバンコク

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途中泰麺鉄道の起点となったナンプラドック

の駅で20分停車、泰麺鉄道の起点の石碑を発見

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無事バンコクに戻り帰国

おしまい